1)呼吸のメカニズムについて

【自発呼吸の機序】

自発呼吸は脳幹延髄にある呼吸中枢からの刺激によって開始されます。

その機序としては

【吸息】
横隔膜と外肋間筋が収縮→胸郭が広がる→胸腔内圧が低がる→受動的に肺が広がる→肺に空気が吸いこまれる→肺胞でガス交換

【呼息】
肺胞でガス交換→横隔膜と外肋間筋が弛緩→胸郭が収縮→胸腔内圧が上昇→肺が受動的に収縮→空気が体外へ排出

胸腔内は常に陰圧ですが(努力呼吸の呼気時は胸腔内が陽圧となることもあります)、陰圧が高まることにより肺胞が膨らみ、吸気(吸息)が起こります。

つまり、肺は能動的に拡張や収縮を繰り返しているわけではなく、胸腔の陰圧によって受動的に肺が引っ張られ肺胞が膨らんでいます。

【人工呼吸の機序と弊害】

かたや人工呼吸は、強制的に空気を肺に送り込み、肺胞を膨らませて肺の内側から肺を押し広げていきます。
自発呼吸のように胸腔体積は大きくなってはいないので、肺だけが大きくなり、その結果胸腔内圧は陽圧となります。


さて、左右の胸腔に挟まれている縦郭の部分には心臓や大血管など循環動態を担う様々な臓器が存在していますので、循環への影響が出てきますよね?

では、胸腔内圧が高くなるとどのような不都合が起きるでしょうか?

冠動脈灌流圧の低下と静脈還流量減少により心拍出量が減少
 胸腔内圧上昇 → 静脈還流低下+心臓が拡大しにくい → 心拍出量低下+冠灌流低下 →心拍出量減少により死亡率上昇

・肺胞過伸展によって、毛細血管が圧迫され肺血管抵抗が高くなります。
 その結果、肺から血液に取り込まれる酸素の量が減ってしまいます。

・肺から漏れ出た空気が食道へ流入してしまうことで、嘔吐・誤嚥・窒息のリスクが増えます。

・脳血流量の低下
 血液中の二酸化炭素濃度が減少↓すると、血液がアルカリ性に傾くため、脳血管が収縮し脳血流量が低下してしまいます。


上記のような弊害があるため、質の高い人工呼吸をするためには過換気にならないように注意が必要となります。

≪+αの情報として

蘇生時の話ではありませんが、脳出血の患者さんは脳圧上昇予防のためにCO2を低めにコントロールしますよね?
その理由は、血中のニ酸化炭素濃度が上昇↑することで→血液が酸性に傾くため、脳血管が拡張してしまうからです。
頭蓋内といった限られた空間で血管が拡張してしまうと、脳を圧迫するだけでなく、出血のリスクもあがってしまいます。

脳卒中治療ガイドラインには、「脳出血急性期では、適切な換気により高CO2血症による頭蓋内圧亢進を予防するべきである。
人工呼吸器により呼吸を補助している症例では、軽度な過換気によりPCO2を30〜35mmHgとすると脳圧は25〜30%減少するため、
頭蓋内圧亢進症例で勧められる」との記載があります。

【蘇生時の人工呼吸の送気量が少なくて良い理由】

そもそも、質の高い胸骨圧迫を行っても、生み出される血液量は正常の1/3~1/4程度と言われています。
肺胞内に取り込まれた酸素を血液に溶け込ませる際、ガス交換を効率よく行うためには、換気量と血流量のバランスが一定であることが理想です。
この、換気と血流のバランスのことを換気血流比といいますが、理想的な値は1に近い値で、正常値は0.8程度と言われています。
そのため、送り込む空気が多ければ良い訳ではなく、血流量が通常の1/3~1/4程度なのであれば、送り込む空気量も通常の1/3~1/4程度が望ましいということになります。

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2)異常呼吸音(副雑音)について

音の発生のメカニズムとして、呼吸音は呼吸をする際に生じる振動音ですよね?
空気が気道の内腔を通る際に内腔の抵抗によって気流が乱れて音が発生します。
太い部分だと抵抗が少ないので、早く流れますし、細くなると抵抗が大きいので、ゆっくりになるのは想像がつくかと思います。
気流の流れですが、特に抵抗がなくスムーズに流れるのが層流といいます。
何かしらの摩擦や障害によって気流が乱れているのが乱流といいます。


エネルギーは消失する訳ではないので、その乱れたエネルギーが音などに変換されます。

今回は異常音についての説明となりますが、異常音が聴こえた場合、その音が吸気と呼気のどちらのタイミングで聞こえるのか?
それらは連続性なのか断続性に聴こえるのかの音なのか?
その音は高いのか?低いのか?などについて知ることで病態をある程度推測することが可能です。

そこで、一般的に、上気道閉塞では吸気時に、下気道閉塞では呼気時に喘鳴が聞こえると言われていますが、なぜ上気道閉塞では吸気に聴こえやすいのか?
なぜ下気道閉塞では呼気に聴こえやすいのか?について事前にイメージしておいて下さい。

※連続性のラ音のことをこのコースでは、「喘鳴」と言っています。

呼吸のメカニズムの項でお伝えしたように、胸腔内は陰圧です。
【吸息】
吸気時は、胸腔内の陰圧が増すため、胸郭(胸骨と背骨、肋骨で囲まれ横隔膜で蓋をされた部分)より上部の部分は吸引されるような形になります。
加えて、私たちは常に大気圧の影響を受けていますので、上気道の部分はより圧がかかっている状況です。
そのため、上気道に関しては吸気時に内腔が狭くなるのが想像つくでしょうか?
反対に、胸郭内では吸気の際に陰圧が高まり、肺が広がりますので、同様に気管支などの内腔も広がります。

【呼息】
上気道に関しては、呼気時は吸引される力が解放され上気道の内腔は広くなります。
反対に、胸腔内は胸郭が狭まり肺が収縮されるため、気管の内腔も狭窄してしまいます。
呼気は吐きづらく時間を要し、炎症で狭まった気管内腔もより狭窄することになります。

例えば下気道閉塞である喘息は、吐きづらい病態と言われています。
また、呼気延長という特徴もありますが、理屈を知れば暗記しなくても想像がつくかと思います。

他にも、音に関して言えば、高い複雑音が聴こえる場合は、何かしらの障害で内腔がかなり狭くなっていることが予想されます。
風が強い日に窓を少しだけ開けた時に音が発生するのと同じ原理です。
口笛を吹く時も口のすぼめ方をきつくしている方が高くなりますよね?それと同じです。


3)呻吟について

【乳幼児:呼吸器系の解剖学的特徴】

乳幼児は年齢が低い程、肋骨の傾斜が水平に近く、呼吸筋も未発達のため、3歳頃までは特に腹式呼吸が優位です。
また、横隔膜も水平に近い角度のため、収縮によって得られる陰圧も小さいのが特徴です。
しかし、小さい胸郭に対し腹部臓器は大きく、腹部膨満により容易に横隔膜の動きは制限されるため、肺胞を膨張させるための呼吸仕事量としては、成人よりも大きいと言われています。
しかも、肺胞は未熟で肺胞数も少ないなど、上記の他にも乳幼児は呼吸器系において未発達な部分が多いです。
そのため、容易に肺胞が虚脱しやすい状態であり、呻吟も発生しやすいと言われています。


【肺胞と肺サーファクタントについて】

肺はたくさんの「肺胞」という小さな風船状の袋で構成され、呼吸をする度に、この肺胞が膨らんだり縮んだりを繰り返しているのは既にご存知のことと思います。
肺実質である肺胞上皮細胞 は、ガス交換に関与するⅠ型上皮細胞(約95%)と肺サーファクタントの産生を行うⅡ型(約5%)で構成されています。

風船を膨らます時、初めは膨らみにくいため、かなりの力を必要としますが、膨らんでくると空気を入れやすくなりますよね?
肺もこれと同じで、呼気時に肺胞がつぶれる(虚脱する)と、次に吸う息にかなりエネルギーを要します。
しかも、肺胞の中は少し湿った状態ですので、表面張力が働き肺胞を膨らませるのに大きなエネルギーが必要です。
そこで、肺はこの表面張力を減らしてくれる表面活性剤のような物質を分泌してくれています。
それが「サーファクタント」と言われる物質で、肺胞が虚脱しないような突っ張り棒の様な役割を果たしてくれているわけです。

ちなみに、肺サーファクタントは妊娠35週以降につくられるので、35週未満の低体重出生児では肺サーファクタントが不足しており、息を吐くたびに肺胞が虚脱。

一生懸命呼吸をしているうちに疲れ果て、呼吸不全に陥りますが、これを「新生児呼吸窮迫症候群:RDS」と言われています。
(今では、人工肺サーファクタントの投与により、呼吸窮迫症候群は管理可能な病態となりましたが、30~40年前では早産の赤ちゃんの多くは生後3日ともたず命を落としていたようです)

【炎症について】

肺炎の子供はどうして呻吟をするのか?
を紐解く前に、肺炎の病態について考えてみましょう。

肺の炎症、つまり肺胞の炎症が肺炎ですが、炎症を起こした肺胞はどんな状態になっているのか想像できますか?

国家試験で丸暗記した方も多いと思いますが「炎症の5徴」と言えば
発赤、熱感、腫脹、疼痛、機能障害の5つですが、このような徴候があります。

炎症は生体の反応として起きていますが、何の為に起きているのか?

炎症の目的は外敵、菌をやっつけるためです。防御反応の1つとして炎症が起きています。

例えば、蚊にさされると、赤く腫れ、局所の炎症反応がおきます。
蚊にさされると蚊の唾液が注射されてしまい、敵が侵入してきます。
それらを白血球に食べてもらいたいわけです。
そのため白血球を呼び寄せるために、細胞からヒスタミンという物質を放出し、ヒスタミンが白血球を呼び寄せる下準備をしてくれています。
大まかに言うとこんな感じです。

さて、ヒスタミンは何をしてくれる物質かというと、血管を広げて局所の血流を良くして白血球を呼び寄せる環境を作ります
血管が広がると、その部分は血行がよくなるため、見た目は赤っぽくなります(発赤)
血液は体温を全身にばらまくラジエーターの役割でもありますので、温かくなります(熱感)
血管が広がり、壁に隙間ができるので、水分である血漿が漏れだします(浮腫)
呼吸機能障害が現れ、肺の組織を覆っている胸膜まで炎症が広がると、胸が強く痛むこともあります(機能障害、疼痛)
それらが肺で起きています。

肺炎の子供は、肺胞の毛細血管は浮腫み(肥厚し)、水が肺胞の内側に滲み出します。
水分が多くなった肺胞内は表面張力が増し、肺胞が虚脱しやすくなります。
呼気時に肺が貼りついてしまうと、吸気では貼りついた肺胞を膨らませるためにかなりのエネルギーを要します
聴診では、ブクブクという水泡音や、チリチリ、バリバリなどのような摩擦音など「断続性ラ音」が聞こえたりします。

これらの断続性ラ音は、肺組織疾患の鑑別になります。


【呻吟のメカニズム】

肺炎の子供がどうして呻吟をするのか?

それは、呻吟をすることで、呼吸が楽になるからです。
肺炎の子供は、吐ききらなければ呼吸が楽であることに気がついたんですね。
呻吟は、吐ききる直前に声帯を閉じ、急に空気を止めることで肺胞に残気を残し肺胞の虚脱を防いでいる時に聞こえるうなり声です。

人工的に呼気時にも陽圧をかけ続けることで、肺胞を虚脱させないのが人工呼吸でいうPEEP。そして、PEEPを天然でやっているのが「呻吟」ということになります。

ちなみに、成人の慢性閉塞性肺疾患(COPD)の患者さんでみられる「口すぼめ呼吸」と同じで、呻吟も下気道閉塞を和らげようとして行っている生体メカニズムと言えます。

【一歩先の介入として】

それでは、もしあなたが夜勤中に肺炎の子供が重症化し、酸素投与を行っても全然サチュレーションが上がらないという状況に遭遇したら…
あなたはどのような介入をしますか?もしくは、していますか?

指示範囲内で酸素をMAXまで上げていますが、頻呼吸で陥没呼吸の改善もありません。
SPO2も全く変わらないため、急いで医師へ報告します。
医師が来るまで5分以上はかかりそうです。
医師が来るまでの間、目の前で患児がどんどん悪化していきます。

自発呼吸があったとしても、肺胞が虚脱し有効に機能する肺胞が減っている可能性があり、酸素化が追い付いていないと判断するならば、BVMで肺胞を押し広げてあげるという介入方法も見えてきませんか?

子供は呼吸のトラブルが多く、容易に呼吸不全に陥ります。
年齢が低い程、予備能力が低いことを考えると、早期認識と介入が目の前の命を救うことに繋がることは言うまでもありません。

【最後に】

ここまで見てくると

呼吸の司令塔である脳幹に障害及ぶような時は、呼吸の乱れが生じ、呼吸調整障害がおきます。

上気道に閉塞があれば、吸気性喘鳴が発生しやすい。

下気道に閉塞では呼気延長呼気性喘鳴が発生しやすい。

肺実質に問題があれば、呻吟断続性のラ音などが聞こえやすい。

そんな特徴が見えてきます。

A=B、Aの場合はBというように、ただ暗記して覚えるのではなく、体内でどのようなことが起きているのか?どのようになっているか?が、なんとなくでもイメージできると、アセスメントの幅が少し広がるかもしれません。

さて、どこに障害があるかが特定できたら、医師への報告をはじめ、介入の方法が見えてきます。
今回は呼吸器系の基礎を少し振返っていただきましたが、このようなベースをもとに、当日は実際の患児の映像をご覧いただき、アセスメントの練習を繰りかえしてく予定です。

それでは、当日お会いできることを楽しみにしております。